退職金・個人年金・NISAの3つが同時期に受け取れる状態になったとき、順番を間違えると税負担が数十万円単位で変わります。
退職金には退職所得控除、個人年金には公的年金等控除とは別の雑所得課税、NISAは非課税——それぞれ税の扱いがまったく異なります。どれを先に受け取り、どれを後に回すかで、その年の課税所得額が大きく変動します。特に個人年金を受け取り始めるタイミングは、退職金や公的年金との兼ね合いで慎重に判断する必要があります。
3つの資産を受け取る順番と、税負担を最小化するための考え方を具体的に掘り下げます。
複数の資産を持つ人ほど、受け取り順を間違えやすい
退職前後に手元に集まる資産は、一種類ではありません。多くの50〜60代は、次のような複数の「器」を同時に抱えています。
- 銀行の預貯金(現金)
- 退職金(一時金 or 年金形式)
- iDeCo(個人型確定拠出年金)
- 新NISA(成長投資枠・積立投資枠)
- 個人年金保険
- 特定口座(課税口座)
これらは「受け取り方」と「課税のルール」がそれぞれ異なります。にもかかわらず、多くの人が「どれからでも同じだろう」と思って特に考えずに動いてしまう。
なぜこの問題が起きるのかというと、現役時代は「貯める・増やす」ことに集中していて、「受け取り方の設計」をほとんど誰にも教わらないからです。証券会社も保険会社も、売るときには熱心に説明してくれますが、出口の最適化まで教えてくれることは稀です。
受け取る順番を間違えると、本来払わなくてよかった税金を払うことになります。逆に言えば、順番を正しく設計するだけで、手取りが大きく変わります。
まず「それぞれの税金のルール」を把握する
受け取り順を考える前に、それぞれの資産がどう課税されるかを整理します。
① 退職金(一時金受け取り)
退職金を一時金で受け取った場合、[国税庁の退職所得控除]が適用されます。勤続年数が20年を超える場合、控除額は「800万円+70万円×(勤続年数−20年)」で計算されます。
たとえば勤続30年であれば、控除額は800万円+70万円×10年=1,500万円。退職金がこの範囲内なら、税金がほぼゼロになるケースもあります。この控除は非常に大きく、退職金の税負担は他の所得と比べて有利な設計になっています。
② iDeCo(一時金 or 年金形式)
iDeCoを一時金で受け取る場合は退職所得控除が適用されますが、退職金と同じ年に受け取ると控除が合算されて上限を超えやすくなる点に注意が必要です。年金形式で受け取る場合は、[公的年金等控除]が適用されます。
③ 個人年金保険
個人年金保険を年金形式で受け取ると、受取額のうち「払込保険料を超えた部分(利益分)」が雑所得として課税されます。ただし、年間の雑所得が20万円以下であれば確定申告が不要なケースもあります。
一方、一括受け取りの場合は一時所得として計算され、50万円の特別控除が使えます。
④ 新NISA
[国税庁の案内]にある通り、新NISAの売却益・分配金は完全非課税です。受け取る金額が多くても少なくても、税金はゼロ。しかも、いつ売っても課税されません。この「いつでも非課税」という特性が、受け取り順の設計で重要な意味を持ちます。
⑤ 特定口座(課税口座)
売却益に対して約20.315%の税金がかかります。NISAと違い、利益が出るほど税負担が増えます。
税金が最も少なくなる受け取り順の基本原則
各資産の課税ルールを踏まえると、受け取り順の基本原則は以下のようになります。
| 受け取り順 | 資産の種類 | 税金の扱い | 理由 |
|---|---|---|---|
| ① | 現金・預貯金 | 非課税 | まず課税されないものから使う |
| ② | 退職金(一時金) | 退職所得控除で大幅軽減 | 控除枠を最大活用するタイミングで |
| ③ | iDeCo(一時金 or 年金) | 退職金と分けて受け取ると控除を二重活用できる場合も | 退職金受け取りから5年以上空けると有利な場合あり |
| ④ | 個人年金保険 | 雑所得として課税(利益分のみ) | 年間受取額を抑えれば税負担を小さくできる |
| ⑤ | 特定口座 | 売却益に約20% | 利益が出ているものは後回しにしつつNISAで補完 |
| ⑥ | 新NISA | 完全非課税 | いつ売っても非課税なので柔軟に使える |
新NISAは「最後の砦」ではなく「柔軟に使える非課税バッファー」として位置づけるのがポイントです。相場が悪いタイミングで特定口座の資産を売るのを避けたいときに、NISAから補完的に取り崩す、という使い方が有効です。
iDeCoと退職金を同じ年に受け取ると何が起きるか
ここで特に注意したいのが、iDeCoと退職金の受け取りタイミングです。
iDeCoを一時金で受け取る場合、退職所得控除の計算に「iDeCoの加入年数」が使われます。しかし、同じ年(正確には退職日から5年以内)に退職金も受け取ると、ふたつの控除枠が合算されて上限を超えやすくなります。
具体的には、iDeCoを先に受け取った場合、その後19年以内に退職金を受け取ると控除が制限されるルール(2022年改正)があります。逆に退職金を先に受け取り、5年超空けてiDeCoを受け取ると、それぞれ独立して控除が計算される可能性があります。
この「5年ルール」「19年ルール」は複雑なので、実際には税理士や会社の担当窓口に確認することをお勧めします。ただ、「同じ年にまとめて受け取れば簡単」という発想が、かえって税負担を増やすことがある、という事実は知っておく価値があります。
退職金とiDeCoの受け取り順や、60代からの資産全体の取り崩し順については、退職金・NISA・iDeCo、どれから取り崩すのが正解?でより詳しく解説しています。あわせて読むと、資産全体の設計が見えてきます。
個人年金を受け取りながらNISAを使う:具体的なイメージ
たとえば60歳で定年を迎え、65歳で公的年金が始まるまでの5年間(「空白の5年間」とも呼ばれます)をどう乗り越えるか、という場面を想定してみます。
総務省の家計調査(2023年)によると、65歳以上の単身無職世帯の消費支出は月約14.5万円。夫婦世帯では月約25万円前後です。仮に夫婦で月25万円の生活費が必要だとして、この5年間に必要な総額は1,500万円になります。
| 年齢 | 主な収入源 | 補完する資産 |
|---|---|---|
| 60〜62歳 | 退職金・現金・再雇用収入 | 個人年金(受け取り開始) |
| 63〜64歳 | 個人年金・現金 | 新NISA(必要に応じて) |
| 65歳〜 | 公的年金・個人年金 | NISA・特定口座(補完) |
個人年金は多くの商品が「受け取り開始年齢」を60歳や65歳に設定しています。60歳から受け取り始めれば、年金が始まる65歳までの生活費の一部をまかなえます。その間、新NISAには手をつけず、できるだけ運用を続けることで資産寿命を延ばす効果があります。
[金融庁の資産運用シミュレーション]でも確認できますが、2,000万円を年率3%で運用しながら月10万円ずつ取り崩した場合、資産はおよそ24〜25年持続します。まったく運用しない場合の約17年と比べると、7〜8年の差が出ます。
| 月の取り崩し額 | 運用なし | 年3%運用 |
|---|---|---|
| 月5万円 | 約33年 | 50年以上 |
| 月10万円 | 約17年 | 約24年 |
| 月15万円 | 約11年 | 約15年 |
(元本2,000万円の場合の試算。実際の運用成果は保証されません)
「売る決断ができない」という心理的な壁について
相場が下落しているときにNISAを売るのは、誰でも気が重くなります。「今売ったら損する」という感覚は非常に自然なものです。
行動経済学では「損失回避バイアス」と呼ばれ、人間の脳は損を利益の約2倍強く感じるとされています。これは本能的な反応なので、意志の力だけで克服しようとしても難しい。
だからこそ、「相場が良いときだけ売る」のではなく、「生活費のために一定額をルール通りに売る」というルールを事前に決めておくことが有効です。感情で売るのではなく、計画で売る。これが取り崩しフェーズの最大のポイントです。
そのためにも、個人年金や退職金など「相場に関係なく入ってくる収入」を先に使う設計にしておくと、NISAを慌てて売らなくて済む状況が作りやすくなります。
まとめ:個人年金・NISA・退職金の受け取り順
- 退職金は勤続年数に応じた控除が大きいため、まず一時金で受け取って控除を最大活用する
- iDeCoと退職金は同じ年に受け取ると控除が重複して不利になることがあるため、タイミングを分けることを検討する
- 個人年金は60歳から受け取り始めることで、年金開始前の「空白の5年間」の生活費補完に使える
- 新NISAは完全非課税のため、相場が悪いときでも柔軟に補完できる「最後のバッファー」として機能させる
- 取り崩しは感情ではなくルールで動かすことが、長期的な資産寿命の維持につながる
今日できるアクション:ねんきんネットにログインして、自分の年金見込み額(65歳・70歳の両方)を確認してみてください。年金額が把握できると、個人年金やNISAで補う金額のイメージが具体的になります。5分でできます。
私自身、複数の資産をどの順番で受け取るかを整理したとき、初めて「自分はいつからいくら使えるのか」がはっきり見えた気がしました。出口の設計は、難しく考える前に「何がいくらあって、それぞれいつから使えるか」を一覧にするだけでも、不安がかなり軽くなると実感しています。

54歳・メーカー経理勤務。つみたてNISAから積み立てを続け、52歳の人間ドックを機に出口戦略の研究を開始。金融庁・厚労省・国税庁などの公開資料をもとに、定年前後の会社員目線で出口戦略を発信しています。投資助言ではなく、同じ立場で悩む方への情報整理が目的です。


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