再雇用中はNISAを続けながら、取り崩しは65歳まで待つべき——そう思っている方は多いですが、これが必ずしも正解とは限りません。
収入が現役時代の半分以下に下がる再雇用期間は、税率も下がるタイミングです。この5年間をどう使うかによって、65歳以降に受け取れる手取り総額が大きく変わります。「とにかく取り崩しを先送りする」という判断が、かえって損になるケースもあります。
この記事では、再雇用中の収入水準別に、NISAを続けるか・取り崩すかの判断基準を具体的に解説します。
再雇用中の給与減少をNISAで補うべき?判断の3つの基準
再雇用になると、多くの企業では給与が現役時代の60〜70%程度に減少します。厚生労働省の「高年齢者雇用状況等報告」(2023年)によると、継続雇用者の約8割が賃金減少を経験しています。
この給与減少分をNISAの取り崩しで補うべきかどうかは、以下の3つの基準で判断できます。
1. 生活費の不足額が月5万円以下かどうか
月の不足額が5万円以下であれば、まずは支出の見直しを優先すべきです。なぜなら、NISAを5年早く取り崩し始めることで失う運用益は想像以上に大きいからです。
これは人間の心理的な特性と関係があります。行動経済学でいう「双曲割引」により、人は目の前の不便を過大評価し、将来の大きな損失を過小評価してしまいます。月3万円の不足は今すぐ感じる痛みですが、5年後に数百万円の資産が減ることは実感として理解しにくいのです。
1,000万円のNISA資産を年3%で運用した場合の比較:
| 取り崩し開始年齢 | 65歳時点の残高 | 80歳まで月10万円取り崩した場合 |
|---|---|---|
| 65歳から開始 | 1,000万円 | 約24年持続 |
| 60歳から開始 | 約800万円 | 約19年持続 |
2. 退職金や企業型確定拠出年金があるかどうか
これらの資産がある場合、NISAより先に活用を検討します。NISAは運用益が永続的に非課税という唯一無二のメリットを持つため、他の資産を使い切るまで温存する価値が高いからです。
優先順位は以下の通りです:
1. 退職金(一時金受給の場合)
2. 企業型確定拠出年金(60歳以降引き出し可能)
3. 特定口座の投資信託
4. NISA(最後に取り崩し)
この順序の背景には税制上の理由があります。退職金は退職所得控除により税負担が軽く、企業型確定拠出年金も公的年金等控除の対象です。一方、特定口座は運用益に約20%の税金がかかりますが、損益通算により損失と相殺できる仕組みがあります。
3. 配偶者の年金受給状況
配偶者がすでに年金を受給している場合、世帯全体の収入で判断する必要があります。総務省の家計調査(2023年)では、65歳以上の夫婦世帯の平均支出は月約23万円です。
配偶者の年金が月10万円あれば、再雇用給与が月20万円に下がっても世帯収入は30万円となり、平均的な支出をカバーできる計算になります。
「積み立て継続 vs 取り崩し開始」シミュレーション比較
再雇用中のNISA戦略を具体的な数字で比較してみましょう。1,000万円のNISA資産(年3%運用想定)での5年間の選択肢を比較します。
| 戦略 | 60歳時点 | 65歳時点 | 85歳での推定残高 |
|---|---|---|---|
| 積み立て継続(月3万円) | 1,000万円 | 1,340万円 | 約800万円 |
| 現状維持のみ | 1,000万円 | 1,160万円 | 約600万円 |
| 月3万円取り崩し | 1,000万円 | 820万円 | 75歳頃に枯渇リスク |
この表から分かるように、再雇用中に月3万円を取り崩すと、65歳時点で既に資産が大幅に減少し、老後資金としての機能を失ってしまいます。
取り崩しを避けるべき理由の心理的背景
人間の心理として、一度取り崩しを始めると歯止めが利かなくなる傾向があります。これを行動経済学では「現在バイアス」と呼びます。
また、「損失回避バイアス」も働きます。人間の脳は損失を利益の約2倍強く感じるため、「今月3万円足りない」という損失感は「5年後に200万円多く残る」という利益感よりもはるかに強烈に感じられるのです。
一度「NISAから生活費を補填する」という行動パターンが定着すると、「今月は特別な出費があったから5万円」「ボーナスが減ったから10万円」と取り崩し額が増加していく事例を多く見てきました。
再雇用給与だけで生活できない時の対処法4ステップ
給与減少により生活が厳しくなった場合、NISA取り崩しの前に試すべき方法があります。
ステップ1:固定費の徹底見直し(目標:月2〜3万円削減)
- 生命保険の見直し:60歳以降は死亡保障を大幅減額可能(月1〜2万円削減)
- 通信費の削減:格安SIMへの変更(月3,000〜5,000円削減)
- 住宅ローンの繰上返済検討:退職金の一部で完済すれば月数万円の削減
ステップ2:退職金の一部活用
退職金を一括で受け取った場合、当面の生活費不足分として月3〜5万円程度を切り崩し、残りは定期預金で保管します。
退職金の優先度が高い理由は、一時所得として退職所得控除(勤続年数×40万円)により税負担が軽いことです。一方、NISAの運用益非課税メリットは一度失うと二度と取り戻せません。
ステップ3:在職老齢年金の活用
62歳(女性)または65歳(男性)から特別支給の厚生年金を受給できる場合があります。ただし、給与との合計が月28万円を超えると年金が減額されるため、勤務時間の調整も検討しましょう。
ねんきんネットで具体的な支給見込み額を確認できます。
ステップ4:それでも不足する場合のNISA活用法
上記でも不足する場合は、以下のルールでNISAを活用します:
- 取り崩し額は月3万円以下に限定:これ以上は老後資金の枯渇リスクが急激に高まる
- 成長投資枠の個別株から先に売却:値動きが大きいため、高値で売却できる可能性
- つみたて投資枠の投資信託は最後まで保持:安定的な運用が期待できるため
65歳定年延長時代の新NISA戦略の考え方
2025年4月から、企業には70歳までの就業機会確保が努力義務化されます。この流れを受けて、再雇用期間の資産戦略も変化が必要です。
従来の60歳定年前提の戦略(見直しが必要)
- 60歳でリスク資産をすべて現金化
- 退職と同時に年金生活モードに切り替え
70歳就業時代の新戦略
- 65歳まではNISA資産の取り崩しを極力避ける
- 70歳まで働く前提で、より長期の資産設計を行う
- 年金受給開始を65歳から70歳に繰り下げ、42%の増額を狙う
年金の繰り下げ受給効果を数字で見てみましょう:
| 受給開始年齢 | 月額年金(15万円ベース) | 80歳時点の累計受給額 |
|---|---|---|
| 65歳開始 | 15万円 | 2,700万円 |
| 70歳開始 | 21.3万円 | 2,556万円 |
| 損益分岐点 | – | 約76歳 |
70歳開始の場合、76歳で65歳開始を上回り始めます。厚生労働省の簡易生命表(2022年)によると、65歳男性の平均余命は約20年(85歳まで)のため、70歳繰り下げは十分検討価値があります。
まとめ:再雇用中のNISA戦略で押さえるべき5つのポイント
- 給与減少分の補填は、まず支出削減と退職金活用から検討し、NISAの取り崩しは最後の手段とする
- 月の不足額が5万円以下なら、NISAを温存して65歳まで運用継続する方が長期的にメリットが大きい
- 資産の取り崩し順序は「退職金→企業型確定拠出年金→特定口座→NISA」の優先順位を守る
- やむを得ずNISAを取り崩す場合は月3万円以下に限定し、成長投資枠から先に売却する
- 70歳就業時代を見据え、年金繰り下げ受給と組み合わせた長期戦略を検討する
今日できるアクション:ねんきんネットで70歳繰り下げ時の年金見込み額を確認してみてください(5分でできます)。あなたの場合の損益分岐点が何歳なのかが分かります。
私自身は再雇用まであと6年ありますが、今のうちから「NISAに手をつけない前提」で支出の見直しを始めています。目先の不便よりも、長い老後を安心して過ごせる資産を確保することの方がはるかに重要だと実感しています。

54歳・メーカー経理勤務。つみたてNISAから積み立てを続け、52歳の人間ドックを機に出口戦略の研究を開始。金融庁・厚労省・国税庁などの公開資料をもとに、定年前後の会社員目線で出口戦略を発信しています。投資助言ではなく、同じ立場で悩む方への情報整理が目的です。


コメント